マイスター大学堂:ブログ

東京にて 2014

 皆様、お元気でお過ごしでしょうか?

 そろそろ十月も終わりですね。今月は東京で眼鏡の展示会が行われておりまして、私も出かけて行って眼鏡を沢山見て参りましたが、本日はそのご報告のような、しかし眼鏡ではなく大盛りご飯についてです。

 

 先日の東京出張の際に飲食店へ行き、定食を頼んだところ「ご飯は大盛りにしますか?」と尋ねられ、「はい」と答えてしまいました。その時の私は格別お腹が空いていたわけではなく、同じ値段なら大盛りにしなければ損だと考えた訳ではなく、まったく無意識に「はい」が飛びしてきて、目の前には山盛りのご飯が乗った皿が運ばれてきてしまったのです。

 「ご飯を沢山食べられる人=強者」という考え方があったのは遠い昔のことで、年を取ってからはそれが転倒し「大飯食らい=ダサイ」、「食が細い=クール」と考えるようになっておりますので、大盛りの誘いに乗る事などありえないのです。それなのになぜ誘いに簡単に乗ってしまったのか。

 すべて平らげた後に膨れたお腹を抱えてヨチヨチ歩きながら、私はあの「はい」発生のメカニズムついて考えていました。

 沢山あるメニューの中から取捨選択を頭をフル回転させて行い、店員さんに「から揚げ定食ください」と決然と言い放った後はもう頭はクタクタに疲労しており、また傍らに店員さんを待たせながら、なかなか決断を下せないというストレスによる緊張が一気に解けて、注文を伝えた後の私はすっかり燃え尽きて、魂のフタが開いてポカンとしている状態になっていたのでしょう。

 そのような状態であるところに「大盛りにしますか?」という言葉が放たれ、それはコロコロ転がって魂の中にストンと入る。するとあらゆる抑制を潜り抜けて、心奥底に潜んでいた「ハイ」=「腹一杯貪り食いたい!」が飛び出したのかもしれません。

 そうであれば間隙を突いて攻めてくる「大盛り」の問いには大いに気を付けねばらない。注文した後も弛緩せず、身を固くして警戒を続けれておけば、テーブルに大盛りご飯が現れて困惑してしまうという事態にも、食べても食べても減らないご飯に、あたしどうにかなっちゃいそう、と鞄の中のビオフェルミン止瀉薬を震える指先でそっと確かめたりする必要がなくなるのです。

 そうだきっとそうに違いない、大盛りを欲していないのに大盛りにしてしまうという疑問が解けた。案外簡単なことではないか。よし、神戸に戻ったら大盛りを誘いかけてくるカレー屋さんで試してみようではないか。

 と、以上のことを都内各所を巡り、沢山を眼鏡を見て、また買い付けながら、ずっと考えていたのです。

 

 

クリタケ

 

 

 

 

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